米市民権を求めて争うリアリティショー

すでに複数のメディアが報じていたとおり、米国土安全保障省(DHS)は「移民が米国の市民権を獲得するために競い合うリアリティ番組の企画」を検討しているという。DHSの広報担当者は2025年5月16日、この企画のプロデューサーと話し合いをしたことを認め、現時点では「まだ承認も却下もされていない」と語った。今回のDHSによるコメントの内容や事実関係については、ウォールストリートジャーナルなどの大手メディアが詳しく報じている。またAFPBBの記事では日本語で概要を読むことができる。
DHS Is Considering Reality Show Where Immigrants Compete for Citizenship – WSJ
https://www.wsj.com/politics/policy/dhs-is-considering-reality-show-where-immigrants-compete-for-citizenship-47de277c
移民が米市民権かけて争うリアリティー番組 国土安全保障省が検討:AFPBB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3578212
しかし「市民権を求めて移民が争うリアリティ番組」といは、一体どのようなものになるのだろう? 実は、すでにタイトルも企画内容も大まかに決まっているようだ。今回は、この番組について報じられている情報や、それに対する反応について少し詳しくお伝えしたい。
12人の移民が競う「The American」
複数のメディアが報じたところによると、このリアリティ番組「The American」は、12人の参加者(移民)が全米の各地を移動しながら様々な課題に挑戦して、市民権の獲得をかけて競い合うリアリティ番組となるようだ。35ページに渡る企画案の概要は以下のとおり。
・番組の司会者には「外国から帰化した著名な米国人」の起用が想定されている。
・事前審査を通過した12人の移民が「The Citizen Ship」と名付けられた船に乗り、ニューヨークのエリス島に到着するところから番組がスタートする。
・参加者たちは「The American」と名付けられた列車に乗り、各エピソードごとに全米の異なる土地を訪れては、それぞれの地域の歴史や文化を学び、その土地のテーマに沿った課題に挑戦する。たとえば「ウィスコンシン州で丸太乗りをする」「デトロイトの自動車の組立ラインで1914年製T型フォードのシャーシを組み立てる」などのプランが挙げられている。
・参加者は各エピソードごとに一人ずつ敗退していく。最終回は生放送。列車は終点地点のワシントンD.C.で停車する。最後に残った勝者は、キャピトル・ヒルで開かれるセレモニーで「アメリカのトップクラスの政治家、または判事」から米国の市民権を授与される。その人物は、視聴者にとって「我々米国人の新しい仲間」となる。
あの懐かしの高視聴率番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」に構成が似ている、と思われた方もいるだろう(※)。ただし、こちらは「ニューヨークへ行きたいか」ではなく「米国人になりたいか」という、より切実なゴールに向かうものだ。
そして「The American」の敗退者には、ウルトラクイズのような過酷な罰ゲームも用意されていない。むしろ彼らにはアメリカン空港のマイル100万ポイント、スターバックスのギフトカード1万ドル分、ガソリン76リットルの生涯保証などといった「米国を象徴するような景品」が贈られるという(註:ここで名前の挙がった各企業が現時点で公式に関与しているわけではない)。
これらはDHSが正式に承認したものではなく、交渉の初期段階にある番組の企画案だ。たとえ実際に放送されることになったとしても、上記と同じ内容にはならない可能性がある。しかし、それが「賞品として米国の市民権を与えるバラエティ番組」であり、エンターテインメント性に偏ったものになることは確定していると言って良いだろう。
番組に関わる人々
同番組に関するニュースの中で、必ず名前が出る二人の人物について紹介したい。
・Rob Worsoff
この番組を企画したプロデューサーのRob Worsoffは、過去にも『The Millionaire Matchmaker』『Duck Dynasty』『Dating Naked』などのリアリティ番組に携わってきた。特筆すべきこととして、彼自身が米国の市民権を取得した「カナダ出身の移民」であるという点が挙げられるだろう。
彼はThe Americanについて「米国に送るポジティブなラブレター」「米国の市民であることを喜ぶ、希望に満ちたもの」であり、「移民を蔑視するような内容にはならない」と説明している。
・クリスティ・ノーム(DHS長官)
2018年にサウスダコタ州初の女性知事となり、2025年に第二次トランプ内閣のDHS長官に指名されたトランプ大統領の側近。コロナ禍の米国で外出禁止令やマスク着用の義務化を拒否した知事としても知られている。以前は副大統領候補とも呼ばれていたが、二冊目の自伝に「自分の飼育していた猟犬とヤギを射殺したエピソード」を記したことで非常に多くの非難を集めた。
DHS長官に就任して以降のノームについて、彼女のキャラクターや現実離れした豪華な装飾品、頻繁に行われる衣装替え、テレビ向けの役作りや写真撮影を揶揄する人々は、彼女をICE Barbie(移民関税執行局のバービー)と呼んでいる。
今回の番組企画は、米メディアのニュースで「移民の取り締まりの強化」と「ICEのバービー」の話題が頻出している時期に報じられたものだった。その影響もあってか、Daily Mailなどの一部メディアは「このリアリティ番組の企画はノーム長官が積極的に支持している」と報じていた。
しかしCNN等の報道によると、Worsoffはこの番組の構想をオバマ、バイデン、トランプ各政権に持ち掛けており、いずれも関心を示したが実現には至っていなかったと語っている。そして彼は、現在のDHSとの話し合いが「かなり進展した」としながらも、ノーム長官は協議にも関与していないと説明している。またDHSも、同番組へのノーム長官の関与を強く否定し、一部の報道を非難した。
「The American」に対する批判
Worsoffは、The Americanについて「誰かを傷つけるものではない。米国をポジティブに祝福するものだ」「移民一人ひとりの夢や希望を人間的に描きたい」と主張している。そして市民権を賞品にするというアイディアについては、「番組の参加者は(従来通りの)移民の手続きを進めている段階の人々であり、この競争は彼らに『列の先頭へ進む権利』を与えるだけだ」と説明している。
しかし言うまでもなく、The Americanの企画には数多くの厳しい批判が寄せられている。SNSには「デストピア的でグロテスクだ」「これを米国市民が見て喜ぶという構図は、まるでハンガー・ゲームの世界ではないか」といった指摘もある。
テキサス州の民主党下院議員Joaquin Castroは、MSNBCの番組で次のように語った。
「現在のトランプ政権下で、我々は日に日に人間性を失っていると感じる。リアリティ番組で市民権を競わせるというのは、本当にどうかしている。病的なアイディアだ。人生はゲームショーの小道具ではない」
‘A sick idea’_ Congressman slams DHS consideration of immigrant competition reality show – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=v6SVgw2VEFY
また「MSNBC’s The Weeknight」の司会者Alicia Menendezは「(現実の)移民が本当に求めているのは、バラエティ番組のローズセレモニーやダンスバトルなどではなく、普通に市民権を取得する道だ」と語り、この企画は、現実の移民政策の問題から目をそらすものであると批判した。
The Weeknight hosts react to reports that DHS is considering reality show for immigrants
https://www.youtube.com/watch?v=aqO-qmFTP9s&t=3
そして数々の専門家や有識者からも、「テレビ番組の勝者に市民権を与えることが法的に/倫理的に妥当なのか」という疑問の声が上がっている。移民に対する市民権の審査は公正に、かつ厳格に法的なプロセスを踏んで行われるべきだが、それ以前の問題として移民の人生や人権を「バラエティのネタ」として扱うこと自体が極めて非人道的で不謹慎だ、とする意見も多い。
リアリティ番組と、上から目線の共感
一方、DHSの広報担当官Tricia McLaughlinは複数のメディアの取材に対し、この番組の企画について「良いアイデアだと思う」とコメントし、「米国人の愛国心や、市民としての責任感はふたたび呼び起こされる必要がある。我々は型破りな提案でも歓迎し、審査する」と述べている。また一部には、この番組が「米国人の移民に対する『共感』を豊かにするかもかもしれない」という前向きな意見もある。
しかしリアリティ番組といえば、参加者たちが涙を流しながら自身のバックグラウンドについて語ったり、番組の出演に対する意欲や感謝を述べたりするような映像が延々と流れるパターン(おかげで肝心のバトルがちっとも進まない)がつきものだ。まして、この番組の全参加者は米国の市民権取得を望む移民である。番組の大半の時間が「外国人の彼らの人生がどれほど悲惨だったのか」「彼らがどれほど米国を愛し、米国人になることを望んでいるのか」をひたすら感情的に強調する映像となることは想像に難くない。それを見る米国の視聴者が単純な人物であれば、「米国人であることはいかに素晴らしいのか」を思い知らされることになるだろう。
そして彼らは「俺たちからも褒めてやりたくなるような、頑張り屋さんの可哀相な移民」に市民権が授与されるのを見たとき、「共感」の涙を流すかもしれない。別の言い方をするなら、米国の法や制度に則るのではなく、いまの米国市民が瞬間的に抱く印象や感情を基準に移民の人生が決定されることを肯定する番組、とも言えそうだ。
The Americanの企画が実現したなら、「外国人がこれほど必死で手に入れたがる権利を、自分は生まれたときから持っている」という優越感を噛みしめ、国への忠誠心を深める視聴者も少なくないだろう。それはグロテスクな愛国心であるようにも思われる。しかし、もう何年も前から「いかに日本が素晴らしいのか」を訴える自画自賛型のバラエティ番組(眉唾モノの内容が指摘されたり、数々のやらせが発覚したりしている)を頻繁に流してきた国の人間が、それを言うのも大いにお門違いかもしれない。
※私が調べた範囲では影響を確認することができなかったが、「アメリカ横断ウルトラクイズ」は最も予算をかけたクイズ番組としてギネス認定されているほどなので、企画チームの誰かが参考にした可能性はあるかもしれない。
参考
ICE Barbie Kristi Noem is backing insane reality TV show where immigrants compete for fast-tracked citizenship _ Daily Mail Online
https://www.dailymail.co.uk/news/article-14713113/DHS-Secretary-Kristi-Noem-reality-TV-immigrants-compete-US-citizenship.html
Kristi Noem Wants Migrants to Compete for Citizenship on New Reality Show
https://www.thedailybeast.com/kristi-noem-wants-migrants-to-compete-for-citizenship-on-hunger-games-style-reality-show/
DHS Exploring Reality TV Show Where Migrants Compete For Citizenship – Newsweek
https://www.newsweek.com/dhs-reality-tv-show-migrants-compete-citizenship-2073094
U.S. government reviewing pitch for immigrant reality TV show
https://www.ctvnews.ca/world/article/us-dhs-says-its-in-beginning-stages-of-vetting-process-for-immigrant-reality-tv-show/
Kristi Noem’s DHS considering U.S. citizenship reality show, amid criticism of ‘made-for-TV’ style _ The Independent
https://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-politics/kristi-noem-citizenship-reality-show-b2752121.html
US Migrant Reality Show Would Not Be Like ‘Hunger Games,’ Producer Says – Newsweek
https://www.newsweek.com/migrant-reality-show-hunger-games-rob-worsoff-2074007
ICE Barbie Krsiti Noem backs bizarre reality show idea where immigrants compete for US citizenship – Hindustan Times
https://www.hindustantimes.com/world-news/us-news/ice-barbie-krsiti-noem-backs-bizarre-reality-show-idea-where-immigrants-compete-for-us-citizenship-101747414894792.html