豪州の大学「ナラティブ拡散コンテスト」の開催を発表

ソーシャルメディアで拡散される偏向情報やプロパガンダの影響は、世界中の国々で問題視されている。とりわけAIによる生成画像や生成動画を利用した偽情報が、選挙や政治活動に及ぼす悪影響を危惧する声は多く、その対策の必要性はさんざん語られているものの、状況は一向に改善されていない。
そんな中、豪州の大学が「ソーシャルメディアを悪用した情報拡散の影響力」を実践的に学ぶためのコンテストの開催を発表した。より具体的に言えば、その競技の参加者たちは「ソーシャルメディアで誤情報や偽情報を拡散し、架空の選挙に影響を与えるスキル」を競いあうことになる。
「Capture the Narrative」の内容
この「Capture the Narrative」と題されたコンテストは、豪州のニューサウスウェールズ大学(以下UNSW)が2025年8月17日に発表したばかりの画期的な試みで、おそらくは世界初の「ソーシャルメディアにおける世論操作のスキル」を競うものだ。
サイバーセキュリティのスキルを競う「Capture the Flag(CTF)」と名前が似ているが、こちらのコンテストは隠された答えを見つけ出すものではない。あくまでも「どのようにナラティブを拡散し、世論に影響を与えるか」を示す競技となる。現時点で発表されている公式ルールを以下にまとめてみよう。
・この競技は1人〜4人の学生によるチーム戦で、参加できるのは豪州在住の学生に限られている(ただしUNSWの学生である必要はない)。一緒に戦えるメンバーのいない学生は、公式のDiscordサーバを使って仲間を探すこともできる。
・彼らの戦いの舞台となるのは「架空のソーシャルメディアプラットフォーム」。そして今回の大会で彼らが影響を与えようと試みるのは「架空の選挙」である。
・参加チームには、それぞれに異なった課題が割り当てられる。例として「特定の候補者に関するポジティブな話の拡散」や「ライバルを貶める話の拡散」などの課題が挙げられている。参加チームはAIやLLMの技術を駆使し、課題どおりの影響を与えるためのナラティブに沿った偽情報や誤情報を生成して投稿する。
・参加者はプラットフォームのAPI、Pythonのテンプレート、そしてLLMを利用して「コンテンツを読み取り、それに反応できるAIボット(投稿、リポスト、返信、いいね、フォロー、フォロー解除、検索、タグ付けなどができる)」を作成しなければならない。
・ここで得られたエンゲージメント、および制御力により、チームの成績が評価される。つまり単純に「いいね!」やフォロワーの総数を競い合うのではなく、ナラティブを主導的にコントロールするスキルも同時に問われるということになる。
・イベントの開催期間は2025年9月19日から10月17日までの約1か月間(4週間)。各週の終了日にマイルストーンが設定されている。そして最終的な獲得ポイントの多い3組のチームに賞金(優勝チームには5000豪ドル、2位に2500豪ドル、3位に1500豪ドル)が与えられる。3組の入賞者には、シドニーで開かれる授賞式に参加するための交通費や宿泊も支給される。
ここで「架空のソーシャルメディアプラットフォーム」という表現が気になった方もいるだろう。公式情報には「fictional social media」としか書かれていないため、それがどのようなものなのかは断定できない。しかし通常、こうした研究で利用されるのは「AIボットがユーザーのふりをして投稿に反応するプラットフォーム」だ。たとえば米国のリーハイ大学とコーネル大学が共同開発したオープンソースのソーシャルメディアシミュレーション用プラットフォーム「The Truman Platform」がそれで、すでに他の研究者たちに利用されている。
もちろん豪州中の学生たちに協力してもらったり、あるいは地元の一般人に参加を求めたりするなどの手法で、「人間だけが『いいね』やシェアを行う架空のソーシャルメディア」を一時的に構築することも理論上は可能だが、あまり現実的ではなさそうだ。協力者を集めるだけで一苦労となるうえ、それを一か月運営すればコストが馬鹿にならない。そして人数が限られてしまう。さらに「実験に協力してくれた人」ばかりで構成されたSNSとなるため、それはそれで大いに偏ったものになるだろう。
おそらく今回のコンテストでも、実際にエンゲージメントを行うのはAIボットだと考えたほうがよさそうだ。つまり競技の参加者たちは、それぞれ「自作のAIボットを駆使して」「架空のプラットフォームの利用者(つまりAIボット)からのエンゲージメントを奪い合う」のではないかと想像できる。考えようによっては、なかなかシュールな光景かもしれない。
ともあれ、この大会ではAIやLLMを使いこなす技術力だけが求められているのではないようだ。より説得力のあるナラティブを創造するスキル、状況を見ながら戦略的にタイミングよく行動するスキル、そして(騙す側としての)メディアリテラシーも求められる競技になっている。これらはいずれも、現実のソーシャルメディアで一般ユーザーの認識に影響を及ぼす(あるいは認識を捻じ曲げる)には欠かせないスキルだろう。
コンテストの狙いと、その影響
とはいえ、もちろんUNSWは「世論操作に長けた技術者」を育成しようと試みているわけではない。このコンテストを通して、若者たちがAI主導型のプロパガンダ拡散のリスクを学び、それが選挙や政治活動を目的で用いられたときの民主主義に与える影響について考えることに期待している。
それは、ただ単純に「メディアリテラシーを向上させるための講義」を受講させるよりも遥かに実践的な、体感型の試みだ。参加者たちは日常的に利用しているソーシャルメディア上でも、まさしく自分がコンテストで駆使したようなものを見ることになるだろう。また、このような競技の開催が報じられるだけでも、参加者以外の人に「ソーシャルメディアの偽情報のリスク」を警鐘する機会になる。
こうしたユニークで斬新なコンテストは、おそらく過去に一度も行われていない。その架空の環境が、どの程度「現実の選挙と現実のソーシャルメディアで起きていること」に近づけるのは未知数だが、それを試みるだけで大いに意義がある。できることなら豪州国内だけではなく、その競技に関する概要や進行状況、あるいは表彰式の様子が広く報じられることに期待したい。
日本でも、AI生成の偽情報などによる選挙への干渉(特に国外からの干渉)のリスクが指摘されており、先日も政府が対策強化のための新たな組織編成や法整備の意向を発表したばかりだ。その組織や法整備に関して具体的なことは発表されていないようだが、そこで講じられる対策は、単に「いかがわしい情報から国民を守るために防壁を高くすること」だけに注力するのでなく、情報を受け取る個々のユーザーの教育にも目を向けるべきだろう。意図的なナラティブや偽情報、あるいは陰謀論の影響を本気で憂慮するのなら、おそらく「教育を通して鍛え挙げられた批判的思考力」ほど強い武器はないからだ。
過去記事:陰謀論に特効薬はないという論文
https://inods.co.jp/topics/3135/
関連リンク、引用元
Capture the Narrative
https://capturethenarrative.com/
Groundbreaking competition shines spotlight on social media manipulation
https://www.unsw.edu.au/news/2025/08/groundbreaking-competition-shines-spotlight-on-social-media-manipulation
The Truman Platform _ The Truman Platform
https://truman.gitbook.io/the-truman-platform
The Truman Platform _ Cornell Social Media Lab
https://socialmedialab.cornell.edu/the-truman-platform/
“AI発達で他国による選挙干渉リスク高まる” 政府 対策強化へ _ NHK _ 選挙
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250814/k10014893961000.html
