イランにおける中国製監視技術の導入実態

  • URLをコピーしました!
目次

はじめに

近年、権威主義国家が自国の反体制派や市民を統制するために、高度なデジタル監視技術を導入する動きが国際的な懸念を集めている。特に、イラン政府が中国の天津天地偉業科技有限公司(Tiandy Technologies、以下 Tiandy)のシステムをどのように利用しているかは、デジタル権威主義の輸出という観点から極めて重要な事例である。本記事では、Tiandy製品の特徴と利点、イランにおける導入経緯、実際の利用事例、そして国際社会が直面する課題について解説する。

This huge Chinese company is selling video surveillance systems to Iran
https://www.technologyreview.com/2021/12/15/1042142/chinese-company-tiandy-video-surveillance-iran/

How a Chinese Tech Company Is Helping Iran Catch Protesters
https://www.newsweek.com/how-chinese-tech-company-helping-iran-catch-protesters-11355905

Chinese firm selling surveillance tech to Iran comes under scrutiny
https://www.nbcnews.com/politics/national-security/chinese-firm-tiandy-selling-surveillance-tech-iran-protests-rcna59574

EU Sanctions Chinese Video Surveillance Firm’s Representative In Iran
https://www.iranintl.com/en/202301246839

Tiandy Technologiesの特徴と提供するシステムの利点

Tiandyは中国北部の天津市に本社を置く非上場の民間企業であり、中国国内および世界トップクラスのビデオ監視企業として位置づけられている。2020年に約7億ドル、2021年には8億ドル以上(約1100億円から1250億円規模)の年間売上高を記録したというデータがあり、同社は世界60カ国以上に支社を展開している。同社のCEOである戴林(Dai Lin)氏は同社の中国共産党幹事を務めており、「党の指導に従う」ことを奨励する横断幕とともに写真に写るなど、中国政府との強固な結び付きが指摘されている。

同社のシステムの特徴は、人工知能を活用した高度かつ特異な監視機能にある。具体的には、顔認識ソフトウェアに加え、個人の人種をデジタルで識別可能とされる「民族追跡ツール」が組み込まれている。2020年7月に公開されたソフトウェア開発キット(SDK:特定のソフトウェアを作成するためのツールセット)には「人種」に関する分析機能が含まれており、「黄色」「黒色」「ウイグル族」といった結果を出力できるとされる。

さらに、同社は「スマート尋問テーブル(ワンクリックでの尋問や調書の校正機能を提供し、尋問効率を大幅に向上させるIT化された机)」を提供している。このシステムは、脚の鉄枷や手錠を備えた中国警察の拷問用具として広く記録されている「タイガーチェア(対象者を長時間拘束し無力化するための尋問用椅子)」の前に設置されている写真が公開されており、深刻な人権侵害のツールとして機能している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(国際的な人権NGO)の中国担当上級研究員であるマヤ・ワン(Maya Wang)氏の事例に見られるように、中国製の監視技術は比較的安価であり、監視に関する法規制が存在しない権威主義的な政府にとって非常に魅力的であるという背景が分析されている。

イランへの導入経緯と背景

イランが中国のTiandyのシステムを導入するに至った経緯には、同国が長年にわたり中国のデジタル統制モデルの模倣(エミュレート)を試みてきたという背景が分析されている。テネシー大学チャタヌーガ校のイラン安全保障問題の専門家であるサイード・ゴルカール(Saeid Golkar)教授は、「イランは中国のようなインターネット環境を構築し、大規模な接続性を生み出した上でそれを統制しようとしている」と指摘している。

具体的なデータとして、イランは中国の「社会信用システム(市民の財務、市民的、社会的活動を包括的にスコアリングして評価する制度)」を早期に採用した国の一つであることが報告されている。2010年には、中国の深圳に本拠を置くZTE(中興通訊)が、イランの国営通信会社であるTCI(Telecommunication Company of Iran)と1億3000万ドル規模の契約を結び、政府が管理する電話・インターネットインフラにZTEの監視システムを組み込んだというデータがある。

さらに、2021年3月に中国とイランが締結した「25カ年戦略的パートナーシップ(両国間の軍事・貿易協力を強化する長期協定)」が、こうした技術移転を加速させていると分析されている。かつてはソーシャルメディアを監視するモデレーター(監視員)や情報提供者という人的資源に依存していたイランの治安機関が、急速にデジタル化を進め、より効率的な抑圧の手法へと移行しているとの指摘もある。

実際の利用事例とイラン政府によるシステムの活用

IPVMが2021年に発表した報告書によると、Tiandyはイランの首都テヘランの政府機関と5年間の契約を締結し、現地に8名のスタッフを配置する計画を立てていることが確認されている。欧州連合(EU)の発表によれば、イランにおけるTiandyの唯一の公式代理店として機能しているのがRadis Vira Tejarat Companyであり、同社が最先端の監視機器をイランの治安機関に輸入・販売する重要な仲介役となっていると指摘されている。

具体的な納入先(エンドユーザー)として、IRGC(イスラム革命防衛隊:イランの体制防衛を担う精鋭軍事組織)、バシジ(Basij:IRGC傘下の民兵組織)、警察、さらにはサイラン(Sairan:国営の軍事用電子機器プロバイダー)や軍事基地などの固有名詞が報告書で挙げられている。また、イラン北部の都市ホマム(Khomam)の警察との協力プロジェクトも公に宣伝されている。

イラン政府による実際の利用事例として、全国規模で発生している反政府デモにおける抗議者の特定と弾圧にTiandyのシステムが直接的に寄与していると分析されている。FDDのシニアフェローであるクレイグ・シングルトン(Craig Singleton)氏は、「これは単なる逸脱した使用ではなく、中国企業が『サービスとしての抑圧(Repression as a Service)』を輸出している状態である」と発言している。米国を拠点とする人権活動家通信局(HRANA)の推計というデータがあり、これによれば最近のデモでは2571人(うち抗議者2403人、政府関係者147人)が死亡しており、テクノロジーが致命的な弾圧を支援していると報告書は指摘している。

国際社会の反応と今後の課題

このようなデジタル監視網の拡散に対し、米国やEUをはじめとする国際社会は厳しい対応を見せているものの、依然として複数の構造的な問題が残されている。具体的には、以下の3つの主要な課題が考えられる。

  • 第一の課題は、グローバルなサプライチェーン(製品の原材料調達から消費者に届くまでの全プロセス)の管理と輸出規制の困難さである。IPVMの報告書は、イラン軍が使用するTiandyのNVR(ネットワーク・ビデオ・レコーダー:ネットワーク経由で数千台の監視カメラ映像を記録・管理する機器)に、米国企業であるインテル(Intel Corp.)の「Celeron」「Core」「Xeon」といったプロセッサ(コンピューターのデータ処理を行う中核部品)が搭載されていると指摘している。インテル社は2018年にTiandyにセキュリティ業界戦略的パートナー賞を授与している背景があり、厳格な制裁下にあっても、半導体チップのような複雑な技術フローを完全に制御することは極めて困難であると分析されている。
  • 第二の課題は、人権侵害に関与する企業に対する制裁の実効性と迅速な適用である。米国のマルコ・ルビオ(Marco Rubio)上院議員らがバイデン政権に対して制裁の適用を強く求めた結果、米国商務省は2022年12月、米国の国家安全保障や外交政策に反する活動を行ったとして、Tiandyを含む36の中国企業を「エンティティ・リスト(米国政府による事実上の禁輸措置対象となるブラックリスト)」に追加した。また、EUもTiandyのイランにおける代理店であるRadis Vira Tejarat Companyに制裁を科した。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、「監視システムが現地に定着する前に、より迅速かつグローバルに制裁を科す必要がある」と提言している。
  • 第三の課題は、「テクノ権威主義(Techno-authoritarianism:テクノロジーを利用して国民を監視・統制する政治手法)」の国際的な拡散である。中国のファーウェイ(Huawei)、アリババ(Alibaba)、ZTEなどの企業は、「スマートシティ」や「セーフシティ(IoTや視覚技術を用いて警察機関の活動を支援し、都市の安全を名目とする都市管理プログラム)」という名目で、アジア、アフリカ、中東にシステムを輸出している。ロシアのNTechLab(顔認識AIシステム「FindFace」の開発元)も同様の技術を輸出しており、権威主義体制が「監視システムの国際的なパッケージ」として導入・複製を容易に行える環境が整っている。

おわりに

提供された報告書の分析から、イラン政府が自国民の監視および抗議活動の弾圧において、中国のTiandy Technologiesが提供する顔認識や民族追跡機能を備えた監視システムを多用している実態が明らかとなった。中国からの技術提供は、単なる商業的取引を超え、「サービスとしての抑圧」という形で権威主義体制の強靭化に寄与していると指摘されている。

同時に、それらのシステムを稼働させる中核部品に米国製の半導体が使用されている事例に見られるように、テクノロジーのサプライチェーンは複雑に絡み合っている。各国の法規制や制裁措置が追いつかない速度で、デジタル監視インフラが国境を越えて拡散している現状に対し、国際社会はより包括的かつ厳格な監視と技術移転の追跡を行う必要があると提言されている。権威主義的な統治手法が最新のテクノロジーによって補強される「テクノ権威主義」の台頭は、今後の国際的な安全保障および人権保護における最大の懸案事項の一つであると結論づけられる。

よかったらシェアお願いします
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2003年生まれ。茨城県の大学で情報科学を専攻している。情報安全保障・認知戦について興味がある。

メールマガジン「週刊UNVEIL」(無料)をご購読ください。毎週、新着情報をお届けします。

目次