トランプ政権の歴史改ざん、ロシアゲート「後付け設定」

トランプ政権による「ロシアゲート」問題の蒸し返し
2025年8月4日、保守系のFOXニュースが、「ロシアゲート(2016年の米大統領選で、ロシアがドナルド・トランプ(Donald John Trump)を支援した疑惑)」に関する米国家情報長官トゥルシー・ギャバード(Tulsi Gabbard)の刑事告発を受けて、司法長官パム・ボンディ(Pamela Jo Bondi)が大陪審の捜査開始を指示したと報じた。
From Russian Interference to Revisionist Innuendo: What The Gabbard Files Actually Say
https://www.foxnews.com/politics/doj-launching-grand-jury-investigation-russiagate-conspiracy-allegations-source
2025年7月下旬、ギャバードは複数の機密文書を解除して報告書を発表し、「ロシアゲートは、当時の大統領バラク・オバマ(Barack Hussein Obama II)と、国家安全保障を担当する政権幹部が捏造した陰謀だ」と批判していた。
ギャバードの報告書によれば、オバマ政権下で2017年1月6日に発表され、「ロシア大統領ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)がトランプを支援した」と結論づける情報総合評価(Intelligence Community Assessment:ICA)において、「ロシアの行動には選挙に影響を与える力がない」とする大統領選前の情報分析が隠蔽されたという。そしてオバマ政権は、元英国秘密情報部(MI6)のエージェントであるクリストファー・スティール(Christopher Steele)の手になる、信憑性に乏しい「スティール文書」(ロシアがトランプを利用するために、トランプのスキャンダルを掌握していたという内容)を引用して、国民を欺いたという。
ギャバードは記者会見で「オバマと情報機関の高官は、〈ロシアがトランプの勝利を支援するため2016年の大統領選に介入した〉という捏造の物語を広め、それが真実であるかのようにアメリカ国民に売り込んだ」と述べて、オバマらを「トランプ政権を転覆させるための反逆的陰謀」に関与した容疑で捜査するよう要請。現職の情報機関トップが、現政権が敵視する元政権幹部への刑事捜査を公に求めるという、異様な構図となっていた。
エプスタイン事件から話題をそらすトランプ政権の窮余の策か
ただしギャバードの告発を、額面通り受け取る向きは少なかった。「エプスタイン事件」に関連してMAGA陣営の内紛に苦慮するトランプが、関心を他に向けさせるために苦しまぎれに放った一手と見透かされていたのだ。
米の富豪ジェフリー・エプスタイン(Jeffrey Edward Epstein)は政財界の有力者や王族との華麗な人脈を誇ったが、未成年の少女の性的人身売買で有罪判決を受け、拘留先の施設で2019年に自殺した。このスキャンダルは、多数のセレブの名が記された顧客リストの存在などが取り沙汰され、エプスタインの死後も注目を集め続けている。
トランプは2024年の大統領選で、エプスタインは口封じのために殺されたとする陰謀説を利用してエスタブリッシュメント層への反感を焚きつけ、推進力の1つとした。また、大統領に返り咲いたら事件に関する機密文書を解除し、真相を明らかにすると請け合っていた。
しかし2025年7月7日、司法省は「エプスタインの死因は自殺であり、顧客リストも存在しない」と発表。これが「富裕層を守っている」「トランプは約束を反故にした」と、MAGA層の怒りを買った。トランプもMAGA層に「でたらめに騙される弱虫ども」と応戦し、自身の支持基盤との間に亀裂を生じさせた。
Young Voters Who Swung Right Are Already Regret It(Nia-Malika Henderson)
https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2025-08-26/trump-support-among-young-voters-is-fading-fast
ギャバードがオバマ政権のロシアゲート陰謀への関与を記者会見で訴えたのと同日の7月23日、米誌ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、「エプスタインの関連文書にトランプの名前があった事実を、5月の時点で司法長官のボンディはトランプに伝えていた」と報じた。ホワイトハウスはこの報道を「フェイクニュース」と否定したが、事態はまだ収拾の見通しがつかない。
Justice Department Told Trump in May That His Name Is Among Many in the Epstein Files
https://www.wsj.com/politics/justice-department-told-trump-name-in-epstein-files-727a8038
偽情報問題の専門家レニー・ディレスタによる詳細な検証
現在、ジョージタウン大学マコート公共政策大学院で准研究教授を務めるレニー・ディレスタ(Renee DiResta)は、2024年に職を離れるまでスタンフォード・インターネット・オブザーバトリー(SIO)の研究マネージャーの立場にあった。2016年の米大統領選挙におけるロシアの干渉を調査するチームを率いていたほか、SIOが中心となって組織され、2020年から2022年にかけて活動した不正選挙を研究する超党派グループ「イレクション・インテグリティ・パートナーシップ(EIP)」でも主要メンバーを務めたディレスタは、この問題の専門家である。
ディレスタは、ギャバードの機密文書解除の内容を精査したうえで、「結局何ひとつ新しく明らかになったものはなく、ロシアの干渉が行われた事実を否定する根拠もなく、単なる陰謀論の捏造に過ぎない」と批判した。
From Russian Interference to Revisionist Innuendo: What The Gabbard Files Actually Say
https://www.lawfaremedia.org/article/from-russian-interference-to-revisionist-innuendo–what-the-gabbard-files-actually-say
ディレスタは、ギャバードの詭弁を一つひとつ丹念に掘り崩す。
たとえば「オバマ一派は、ロシアが選挙に介入する能力がないと知っていたにも関わらず、〈ロシアがトランプを支援した〉という嘘の情報を用意し、流布した」という「反逆罪」の主張に対して、ディレスタは「ギャバードが証拠として提示する文書からは、とてもそのような事実は出てこない」と断じる。
オバマ政権は「ロシアが投票機をハッキングする(投票結果を操作する)能力はない」ことを把握していた。またそれとは別に、ロシアが選挙に介入しようとした痕跡を調査し、「ロシアがクリントンのメールのハッキングや、ネット上の偽情報やプロパガンダ、機密のリークによる情報戦を実行している」ことについても確信していた。しかしギャバードは、異なるカテゴリーの事実を故意に混同して「陰謀論」を捏造している、というのがディレスタの分析だ。
またギャバードが機密解除した文書には、下院情報委員会(United States House Permanent Select Committee on Intelligence:HPSCI)が2020年に作成した報告書も含まれている。現在トランプ・メディア・テクノロジー・グループ(TMTG)のCEOを務める共和党の下院議員デビン・ヌネス(Devin Nunes)がHPSCI委員長を務めていた時のもので、「ロシアはクリントンの勝利を望んでいたかもしれない」と主張するものの、その主な論拠は、「ロシアが積極的にクリントンのスキャンダルをリークしなかったから」という程度のものに過ぎない。
そして最後にギャバードが持ち出すのは、「CIAの内部告発者」なる人物だが、これまでの調査プロセスや、ロシアの介入を示す明瞭な証拠を覆すような話は何もしない。結局、ギャバードが重々しく機密解除した文書群は、何ら新しい事実を告げるものではなかったのだ。
ディレスタは「ギャバードは、根拠もない事実に基づいて、クーデターという非常に深刻な疑惑を捏造している」と結論づけ、こう締めくくる。
「ここで為されていることは、新たな事実を明らかにすることではない。古い事実を書き換えること、つまり〈ロシアの干渉があった〉という基本的な部分の合意を揺るがし、修正主義的なほのめかしで、事態を混乱させようという目論見だ」
「歴史」や「データ」を書き換えようとするトランプ政権の傲慢
この「事実の書き換え」には、先行する動きがあった。2025年6月に、CIA長官ジョン・ラトクリフ(John Lee Ratcliffe)は、「ロシアが2016年の米大統領選でトランプ当選を画策していた」と結論づけた2017年1月のICAの信頼性についての評価を下げるレビューを公開した。さらにラトクリフは、説得力のある根拠も示さずに「当時のCIA長官ジョン・ブレナン(John Owen Brennan)らが、トランプを陥れるために情報操作を行った」と言いつのったのである。
レニー・ディレスタはこうした動きを、SFやファンタジーのファンダムで用いられる俗語「Retcon(Retroactive continuity:後付け設定)」になぞらえて批判している。現在書いている物語との整合性に苦吟した作家が、自分の過去作品の記述を改訂する「歴史の書き換え」のことだ。
Retconning ‘Russiagate’
https://www.lawfaremedia.org/article/retconning–russiagate
ディレスタは、自身のチームをはじめ、さまざまな機関やタスクフォースが過去に取り組んできたロシアゲート検証のプロセスを紹介し、そこで一致をみた「ロシアは2016年の米大統領選においてトランプを後押しし、そのかたわらでクリントンを妨害した」という結論に疑いの余地はないこと、さらに各種の報告書は公正を期して「ロシアの干渉は事実だが、それが実際に選挙結果を左右したという証明はできない」とも言い添えていたことを念押しする。
にも関わらず、当時検証に参加した研究者は、トランプ主義者たちによる「ロシアゲート捏造者」「ディープステート工作員」という非難にさらされているのが現状だ。ディレスタ自身も、右翼や保守派による訴訟やオンライン上の脅迫といった圧力で、2024年にスタンフォード大学を去ることを余儀なくされている。
ディレスタの警告の先に予見されるのは、荒野のような風景だ。トランプ政権の「都合の悪い現実に対する臆面もない修正主義」は、加速する一方である。2025年8月に限っても、以下のような事態が生じている(本稿執筆は8月29日)。
・8月1日:下方修正の不本意な内容となった7月の雇用統計公表の数時間後に、統計を「不正操作」と断じて、統計局長エリカ・マッケンターファー(Erika McEntarfer)を解任
・8月11日:トランプ礼賛者の保守派エコノミストであるE・J・アントニ(Erwin John Antoni III)を、マッケンターファーの後任の統計局長に起用
・8月12日:利下げ要求に応じようとしない米連邦準備理事会(FRB)議長・ジェローム・パウエル(Jerome Powell)に業を煮やし、FRB本部改修工事を口実に訴訟を示唆して恫喝
・8月22日:第一次トランプ政権の大統領補佐官で、現在は政敵となっているジョン・ボルトン(John Robert Bolton)の自宅や事務所を、根拠を明らかにせず捜索
・8月24日:元側近で、現在は対立関係にある前ニュージャージー州知事クリス・クリスティ(Christopher James Christie)が米ABCニュースに出演し、ボルトン捜査を批判したことに対し、ABCの放送免許取り消しを警告
・8月25日:前大統領ジョー・バイデン(Joe Biden)に指名されFRB史上初の黒人女性理事となり、パウエル議長派と目されているリサ・クック(Lisa Cook)に、「書類偽造」を理由に解任通告
・8月28日:クックはトランプの解任通告が不当だとして連邦裁判所に提訴
政治・経済・法・科学といった社会の営みは、「ともかくも人類は、〈真理〉を信頼し、希求する」という、ひとまずの約束事の上に成り立つ。独裁者のカリカチュアそのままに、不愉快な歴史や統計は書き換えの対象とするトランプの手法は、ひとを空虚な徒労感へと誘う。その感触は、INODSのニュース記事が伝えるAIスロップの連投の不気味さとも呼応する。
トランプ政権とAIスロップ
https://inods.co.jp/topics/6237/
「オバマ逮捕」のAI生成動画の低品質さが伝える新たな恐怖
https://inods.co.jp/topics/6799/
現実へのフェイクの混入が繰り返される時、最も警戒すべきはおそらく、単純に現実とフェイクの見分けがつかなくなることではない。稚拙なフェイクに汚染され、改竄される現実を前に、拒否感を抱くことにも飽きてしまう思考と感性の麻痺こそが、真の危機なのではないだろうか。